the instrumentality of man

2015年8月4日 | からnakmas | ファイル: 未分類.

the work of God, while it was to be wrought out through the instrumentality of man, was to be directed by him whose work it was, and is. (James Edward Talmage, The Story of "Mormonism")

神の御業は人の器の許容量に応じてなされますが、それはその御方自身によって導かれ、過去も今も彼自身のものなのです。(ジェイムズ エドワード タルメージ 「モルモニズムの物語」)(試訳)

⚫︎Now what's there in us, as a Lord's instrument?

●What our Lord wants us to put and carry in us?

⚫︎今主の器としての私たちの中には、何が入っているか?

●主は私たちに、何を入れておいて欲しいと、また運んで欲しいと望まれているか?


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