司馬遼太郎 『覇王の家』 新潮文庫

2008年7月10日 | からnakmas | ファイル: .

ひさびさの司馬遼さんでした。
徳川家康が、今川家の人質になる頃~小牧・長久手の戦を経て、秀吉と傘下に入るまで、そこから一気に飛んで、死ぬ間際という流れ。

家康は、独創性がない人だったようで、三河気質と、それから戦術や処世はすべて、誰かが過去にやった策の模倣だった、という指摘はけっこう衝撃的だった。
江戸時代の様相で、よきにつけ、あしきにつけ、前例主義だったり、排他主義だったりの要素がとても頷ける。

p165「家康がとらえている人間の課題は、人間というのは人間関係で成立している、ということであった。人間関係を人間からとりのぞけば、単に内臓と骨格をもった生理的存在であるにすぎないということを、この人質あがりの苦労人はよく知っていた。」
・・・・・・ ちょっと冷めた表現だけど、要するに、金八先生の「人という字は。。。」というヤツだね。
     人間関係さえよければ、ほとんどうまくいく、と日々実感します。

p371「体術を練磨するというのは要するに力学的な平衡感覚が鋭(と)ぎすまされということであろう。家康の政治感覚も軍事感覚も、かれの飛びきり鋭敏な平衡感覚から発していた。敵味方で構成される戦場の力学を、かれは体じゅうが天秤の支点になったようにして感ずることができた」
・・・・・・ 物事を判断するのに必要なのは、何事につけバランスのよさ

p500「古来、家康ほど言葉のすくなかった政治家もめずらしく、家康ほど以心伝心ふうのやりかたで行った男もすくない。[本多]平八郎がいうのに、『はじめはお肚がわからなくてこまったが、いろいろ考えてこれが最良と思うことをやってみると、べつになにもおっしゃらないので、そのようにしてきた。われわれ家来どもにすればかえってそのほうが、物事を考えるようになってよかったと、いまになってしまえばそう思う。』」
・・・・・・ 上に立つ人間は、これくらいの度量があって、思い切って委任するくらいがいいのかもしれない。

このコメント、おもしろい⇒ http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/haou.html


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