堺屋太一『団塊の世代』

2008年7月2日 | からnakmas | ファイル: .

これも気になっていた作家と本。
これが書かれたのは1976年(自分の生まれた年!?)。
その時点から80・ 90年代そして2000年を描く”予測小説”なんだそうで。
その当時ですでに、コンピュータ技術の発展で、統計なんかを駆使して、こういうのを書けるようになったんだらしい。(P6・7)

「与機待果」P42 何かを行う機会を得て、やれることはやって、結果が出てくるのを待つ。あるいは、他の人に委任して、良い結果もそうでないものも自分が責任を取る。薩摩の人たちが”大将”になった時に、この方法をうまく使うというの、『坂の上の雲』で読んだな。比べて、長州人が大将になると、自分でやろうとして、功名に走るらしい。

「〈どうして俺たちはみな、こうも会社に対して批判的なんだろうか〉…ここにいる十八人は、いずれも恵まれたコースを歩んでいる連中である。つまり、…最大の恩恵を企業から受けている人々なのだ。それがみな、不平不満ばかりを述べたてているのは、考えてみれば不思議なことであった。」P100
組織の中に入ると、とかくこういう気持ちや会話は起こりがち。
政治に対してもそう。スポーツに対してもそう。
とりあえず批判して、悪いところをあげつらえて、そのまま。それで満足している。
建設的に「ここをこういう風にしたらいい」という自分の意見を持てるようになるまで、口にしたらいけないような気がする。

実は、この本の前に、広瀬隆氏の『東京に原発を!』を読んだ。
今ある社会問題の多くは、解決できないまま20年とか30年、成り行きに任せてきたことを知って、
先延ばしは本当によくない、でもその状況の当事者でいる時に、特に切羽詰っていないときに、
問題を解決する、しようと動くことの難しさを思う。


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