逃げがちな原因

2015年5月28日 | からnakmas | ファイル: 未分類.
(この文章が、単にダラダラとしているだけでなく、世の中や人様のお役に立てるとは、到底思えない。
でも敢えて自分を晒すことで、自分にけじめをつけるために載せます。
読んでくださる方はその辺をご留意ください。)

帰り道で聞いていて、自分の中で、困難に対して逃げがちになっている原因がはっきりわかった。

ずばり新聞奨学生を1年でやめてしまったこと。
これを4年間といわず、あと2年やっていたら、経済的に自立できたのはもちろん、その後仕事の取組み方が違っていたのではないか?
あの1年はつらかった。配るのが遅かった。効率が悪かった。雨が降っているのを見て、経営者のやり方を見て、新規勧誘の特別部隊を見て、なんて理不尽なと思い込んで、ただ逃げることしか考えられなかった。
そして、1年は何とか続いたけど、1年だけでやめてしまった。
2年目の学費は稼いだもので賄えたけど、3~4年は家計の厳しい中で親に出させてしまった。

談志の「修行とは矛盾に耐えることだ」。
どんなことが目の前で起こっていても、自分にどんなことをやるように求められたとしても、それは現実のことで、法律に触れることや、悪習を身に着けることになる以外は、しっかりと取り組んで、結果をだし、乗り越える。これが世の中の道理だし、個人の人間にとっても必要なことなんだ。困難を喜んでとは言わないまでも、笑って受け流したり解決していく、知恵や知識や強さを身に着けていかないと、特にこの人が多くなりすぎて、複雑になっていて、のほほんとしていられない、普通にしていたら食べていくこともできない世の中では必須なことなんだ。

あの新聞配達を逃げたことで、今の自分は逃げがちなところがあると強烈に感じてしまった。それで、今家族にも安心させられてないし、仕事に自信をもって取り組めていないと。


今までそこまで考えが至らなかったのは遅すぎるけど、
何とか今気づくことができて、ある意味すっきりした。どことなくすがすがしい気分。
あとは、今いるこの場所で逃げずに、仕事にも家族にも、何より自分に立ち向かうこと。
<参考>

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