結婚という選択肢がなくなっている

2013年4月6日 | からnakmas | ファイル: 未分類.

少子化問題の中で、30代後半の女性の話を聞いた。
「子供はほしいけど、年齢やその他の状況を考えて、
シングルマザーになることはあきらめました。

友達で最近、シングルマザーになることを決めた人がいて、
彼女のお祝いしました。これから彼女を支援していくつもりです。」

彼女と周りの人たちの中での選択肢は、
シングルマザーになるかならないか、
つまり、男性との結婚はまったく選択肢に入っていないということ。

さらに、シングルマザーとして、お母さんが安心して子供を育てられる制度を整えてくれるように、
生活費の面などを国などに求めていた。

・・・・・

このことを奥さんと話した。

まず1つ目の論点は、いい人とめぐり合って結婚するという選択肢がないことへの驚き。

そして、2つ目は、極端にいえば、母親と子供の生活を公に保障してほしいと最初から求めていることへの違和感。

1つ目。
女性の立場から考えてみると、それほど一緒に生活したいと思えるパートナー(男性・伴侶)を見つけることの可能性を見出せず、すでにあきらめているということか?
一般的な結婚式で言われるところの「死が二人を分かつまで」どころではない。
「成田離婚」までもたどり着かない。
結婚するという概念がなくなってきているという現象。

家族の形や運営の方法をいろいろあっていいはずだ。
未だに公という建前の中では、年金やら相続やら、理想的な家族を基準に法制度をくみ上げようとしているが、現実的には無理な話だ。

結婚という形を続けるのがムリな人たちも確かにいる。
いわゆる芸能界だのハリウッドだのは典型ではないか。
ムリして結婚する必要はないと、個人的には考える。
破綻したときに、すでに生まれている子供への影響が大きすぎる。

人はパンダ並みにパートナーを選ぶ生き物だと聞く。逆か??
つまり、死ぬまでか、その後までかは別として、長年連れ添う人を選び出すのは本当に難しいことだが、諦めるのも違うのではないかと。

2つ目。
例えば望んだ結果ではない、死別の場合を考えたって、一人親で子供を育てるのは大変なこと。
自分(たち)で生んだんだから、ちゃんと育てなさいと、子育てを個人の責任だけにしてしまうことは、ましてや母親だけの責任にはできない。

でも、人間は自立というか、自己完結できる部分は少しでも作っていかないといけないし、
そうできる方が自分(たち)が自由を得られていると感じるはずだ。

自己完結するためにある仕組みが、夫婦であり、家族という組織と考える。
もちろん、血がつながっているからといって、すべてがうまくいくなどという考えは現実的ではない。
つながっているからこそ、近すぎるからこそ、うまくいかない、問題が出てくるのは、ある意味当たり前。
うまくやっていこうと努力すると、他の方法では得られない喜び(としか言葉では伝えようがないが)が確かにある。個人的な経験上。

つらつら書いてしまったが、個人的な結婚論・家族論でした。


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