正義を剣にしなかった理由 a reason not to set the JUSTICE to SWORD

2016年10月22日 | からnakmas | ファイル: 未分類.
聖書の中で、霊の武具と呼ばれるところがある。その中で、我々の霊が持つ、または持つべきとされる性質が、いろいろな武具になぞらえられている。
正義も確かにそのような性質・属性の1つで、 単純に考えると 、人間の行動パターンからしていちばん前に出やすいもので、「剣」になることが多い。
いやそうではない。聖書の大切な考え方からすると、正義は振りかざして人を攻撃したり傷付けるものでなく、生命維持にいちばん重要な心臓を守るもので、人をしっかりと立たせるものとすべきもの。だから「正義の胸当」としている。
On “the armor of God”, justice is set to “breastplate”, not “sword”.
That’s why justice is not stuff to offend others, but to defend myself, and to stand firmly by myself.
新約聖書 エペソ人への手紙6章
Eph. 6:
 14 Stand therefore, having your loins girt about with truthand having on the breastplate of righteousness;
 15 And your feet shod with the preparation of the gospel of peace;
 16 Above all, taking the shield of faithwherewith ye shall be able to quench all the fiery darts of the wicked.
 17 And take the helmet of salvationand the sword of the Spirit, which is the word of God:


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