井伏鱒二『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』新潮文庫

2008年11月11日 | からnakmas | ファイル:  聖文, .

たぶん、ほとんど初めての井伏鱒二。

さざなみ軍記は、ぜんぜんイメージがつかめず挫折。

ジョン万次郎の方はとても興味深かった。
『竜馬がゆく』などで出てくるジョン万次郎は、
すでに幕府の役人になっていたから、
そこに行くまでのいきさつを知りたいなと思っていた。

彼の功績は、特に当時の鎖国状態にあった国と民にとって、
視野を広げさせる、あるいは目覚めさせるほどの衝撃を与えたことだろう。

日本で全く思いも寄らないものを紹介する苦労もその一つ。
12年の漂流・外国滞在の後、日本に帰ってくると、
役所(長崎奉行所)で取調べを受けた。
その中で口述観察談の一例。

「電信機」: 路頭に高く張金を引きこれあり、これに書状を懸け、駅より駅へおのづと達し飛脚を労し申さず候。なかにて行きあはぬやう往来の差別をつかまつり御座候。このからくりは私は存じ申さず候。鉄にて磁石をもつて吸ひ寄せ候やうに相考へ申し候

「蒸気車」:  陸の運送、車も馬も用ひ申し候。それ故、大道は山を越えぬやうに遠廻りにつくり御座候。レイロウと申す蒸気車これあり候ひて、数十人これに乗り、力を労せず旅行つかまつり候。蒸気船のからくりに同じと申すことにて御座候。…

これを読んだ日本人がどれほど現物を正確に想像できたか。
恐らくほとんど”?”だらけだったかもしれない。

これと似たような記述が、実は聖書の中に出てくる。
旧約聖書イザヤ書に、

その矢は鋭く、その弓はことごとく張り、その馬のひずめは火打石のように、その車の輪はつむじ風のように思われる。
そのほえることは、ししのように、若いししのようにほえ、うなって獲物を捕え、かすめ去っても救う者がない。 (第5章28-29節)

という記述がある。
「イスラエルの民」が集合する時を預言しているところで、
この部分が、集合のために使われる汽車であり、飛行機のことを、
イザヤは啓示の中で見て、描写していると聞いたことがある。
なにせ、もちろん当時は世の中になかったものであり、
どう言い表したらいいか、とても苦労したではないかとさえ感じられる。

どの部分がどうとか、ちょっとはっきりしない部分があることはあるが。。。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です